躁鬱女の日記。

思ったことをただ書いている

10/15。告白。実は新興宗教に入ってた。そして、今月に辞めた。

私は、とある新興宗教に入っていた。
子供の頃、親に入れられ
「大人になったら絶対辞めてやる」って思ってた。

…なのだけれど、高校生の時にハマってしまった。


中3の時に鬱っぽくなって
同級生のススメでリストカット初めた。
高校の時には不登校になって、
人生に失望していた。絶望していた。

そんな時に、教祖様から
「あなたを信じているよ。あなたの成長を期待しているよ。」って言われて(言われたのは間接的にだけど)、
暗闇に光が差した。
私のことを心配してくれ、期待してくれてる人がいるって、それって
すごくすごくすごく嬉しくて……
当時の私は、教祖様を心から敬愛した。


だから、この人を信じよう。
この人の宗教をやってみようって心から思った。


あの時は、新興宗教に救われたと思う。
周りの人も優しかったから。
温かく迎えてくれた。話を聞いてくれた。
唯一の居場所だった。


今思えば、その場所が新興宗教じゃなかったら
良かったのになって思ってる。
ただのボランティア団体とか?

S団体。ただのボランティア団体だったら
本当に良かったのにな。


周りの人がみんなみんな優しかった。
でもそれが洗脳の始まりだった。
飴と鞭?功徳と罰で洗脳されていった。

教祖様の本もたくさん読んだ。
人々☆レボリューション的なタイトルのフィクションストーリーもみんなで読んで、感想を言い合ったり。
法華経の教えの本も読んで。。。
今思い返せば、法華経の教えをS団体の洗脳のための教えにすり替えている本だった。
レボリューションの本は、教祖様の素晴らしさを時にさり気なく時にあからさまに描き、
どれだけ素晴らしい団体か、そしてこの団体に反したら悪い事起きるよ?っていう洗脳のための本。

あの時は楽しかった。
洗脳されてるなんて知らなかったし。

とても素晴らしい教えだと思い、
とても素晴らしい団体だと思い、
「人類の絶対的な善である団体」だと思ってた。
影や闇なんてない。絶対間違いもない。
本当に本当の素晴らしい団体であり
この団体が大きくなればなるほど、
世界は救われて、正しいだけの善だけの世界
悪いことが絶対に起こらない世界が来るのだと
心の底の底から信じていた。

世界の平和のために!自分と友の幸せのために!
この命はS団体のために捧げます!
それこそが、唯一の幸せの道!!!!

私達は、史上最高の教えを信じ学び
史上最高の団体に所属している!
そしてこの教えは滅多に聞くことが出来ない。
教えを理解できる人は少ない、
実践できる人はもっと少ない、実践し続けられる人はもっともっと少ない。
だからこそ、この教えを信じ理解し、実践し続けている私達は最高に尊い仏の存在なのだ!

そういう妄想に取り憑かれていた。


この妄想に取り憑かれると、人を差別するようになる。
私たちこそは選ばれた人間なのだ!と…。


そして、友人知人に広めなければ功徳はない。

友人や知人に教えなきゃ。
せっかく今世で最高の教えを聞くことが出来たのだから
教えてあげなくては可哀想なのだ。
教え信じるように導かなければ知人や友人が不幸だ。

そう思い、周りにS団体を勧めていく。怖。




もう眠いので、また続き書く。

7月8日お久しぶりのはてなブログ

旦那の元でゆっくり休んでおります。
躁うつ病のささみです。

昨日は七夕でしたね。

なにかお願いしましたか?

私は色々お願いしました。

健康とか、健康とか、健康とか…www


美味しいご飯食べられて幸せだなぁって
そんなことを思いながらすごしたり、
少し困ったことや嫌なことがあると
もう生きてたくないとかも思うし…

波がありすぎます。


躁鬱が治らない病気だなんて、信じたくないし
まだ受け入れられないです。

つらい。

でも、
支えてくれる人が沢山います。

落ち込んでる時、お買い物した時など
お店の人の笑顔に励まされたりします。

狭い道で道を譲ったりすると、
ありがとうと感謝されて嬉しくなります。

最近は小さい幸せに気づけることも増えてきました。

生かされてるんだと感謝しなさいと
白山道さんに言われたので(本に書いてあった)
「生かしていただいてありがとうございます」
って感謝の言葉を思うようにしました。
なんだか変わった気がします。

毎日言おう。死にたい時も言おう。

生かしていただいてありがとうございます。
嬉しくなります。

1/18‥無気力な理由

f:id:yamadasasami:20170118144718j:plain

今年は、何か変えたい。

こんな自分を変えたい。

でも、やる気が起きない。無気力。



寝ころびながら、

『なんでこんなにも無気力なんだろう』

って思った。

何かをやっても、すぐ疲れてしまう。

(体力がなくなったっていうのも、あるんだろうけど‥)

なんでかなぁー、

完璧主義だからかな、とも思った。

もちろん、それもある。



よくよく思案してみたら、

‥‥『ダメだね』って自分の行動を否定してたことに気づいた。

今だって、こんなこと書いてないで

部屋の片付けしたらいいのにって

心が否定してるし。



もう、完全に癖?

否定するのが当たり前になってて、

否定していたことに気づかないくらいだ。

完璧主義も、そう。

『完璧に出来ないから、ダメね。クズね』と自分を否定してる。

自分で自分に、モラハラしてる。



こんなこと、

ずっと続けてたんだなぁって思えば、

14歳くらいから、鬱傾向になったのも

納得できる。

だって、絶対に自分を認めないんだもの。

否定し続けてきてるんだもの。

そりゃ、やる気も起きないわ。


一挙手一投足、

『ダメだなぁ』と自分に投げ掛けた。

思い返してみれば、こんなことも自分に言っていた。

『もっと早く出来ないの?』

『他の人はもっと上手くやるのに、

あんたは何グズグズしてんの?!』

『あの子は可愛いけど、あんたはブスだからダメね』

『あの子は痩せてるけど、あんたはデブだから女として価値がないわ』

『そんなことも出来ないの?ダメね!』

『これだけの時間使って、これしか出来ないなんて、この能無しが!』

『あんたの努力なんて報われないのよ。なにやってもあんたには無駄よ!』

『役立たずが!ホント何の役にもたたないのね!』

『あんたのせいで、大事なあの人が怒っちゃったじゃない。何やってるのよ。』

『母親の機嫌を損ねないようにしなさいよ。いつでも顔色うかがって、ご機嫌とりしないと大変なことになるよ!』

『あの人に認めてもらえないあんたは、人間としての価値ゼロ』

『誰からも嫌われちゃいけないのよ』

『悪口言われてるのは、あんたが悪いからだ。』

『悪口言われないように、あの人の言いなりになりなさいよ!』

『あの人にとって、都合のいい人にならなきゃダメよ!嫌われちゃうよ!』

『人の誘いを断るなんて、ヒドイ人!』

『人の好意を受け取らないなんて最低』

『大切な人を傷つけたら、あんたは生きていちゃいけないの。人はね、罪を犯したら、死んで償うのよ』

『あんたは、生きてる価値ないよね。なんにも出来ないんだもん』

『全く、なにやっても要領得ないね』

『遅い!こんな事に、何時間かけてるの!?』

『ブスは化粧してもブスだよ』

『痩せなきゃ価値ないんだから、食事するな!何も食わないで、早く痩せろ!』

『また上手くできないねー』

『そんなこと、やっても無駄じゃない?』

『ダメ人間が何やっても、どうせダメなんだよ』

『生きてる価値なんてないんだ。お洒落したり身だしなみ整えてる暇あるなら勉強しろ。もっと、他人に有用なことしろよ』

『他人の役に立たないことするな!』

『もっと早く!なんで出来ないの?ダメだな!!』

『もっと上手くやれ!みんなは上手くやれてる!ダメだな全く』

『ムダをはぶけ!なに、ムダなことしてんだ!』

『そんなこと、ムダムダ!効率考えろ!』

『ムダなことは一切するな!』

『価値がないことはするな!』

『意味のないことするな!』

『価値もない、意味もない、ただ楽しむ事なんかするな!』

『そんなこと、くだらない!』

『何くだらないことやってるの!?ダメじゃない!』

『生きている価値がない人間なんだから、ただ楽しむなんてことしちゃいけない!』

『苦しんで、悩んで、価値のあることを生み出せ!価値のないことは一切排除しろ!』

『世のため人のためになることをしろ!』

『なんで、そんなことやってるんだ!無意味なことするな!』

などなど、、



思い起こしてみると、

ずいぶん恐いことを言ってた。


私自身にたいして、毎回毎回、

何かする度に暴言吐いてた。

今も、無意識で暴言吐いているし。

可哀想に思う。


もし、自分を否定し続ける人がいたら

一緒にいるのが嫌になるだろう。

嫌いになるし、距離を置くだろう。


でも、

自分が無意識に自分を否定し続けていても気づかなかった。

私は、今の今まで気づかなかった。

自己否定してるなぁ~くらいには思ってたけど、

自分に聞くに耐えられないほどの暴言を平気で吐いていたなんて、、、。



こんなこと何十年も続けてたら、

病んで当たり前だな、とも思う。


自己肯定しようって、頭で考えても、

心の奥底で否定してたら肯定できないわ。


心が重く感じたら、

それは自分で自分を否定してる時かもしれない。




(‥書いているときに、友人から電話が来た。

出なかった。出たくなかったから。

でも出なかったことで心が重くなった。


なんで?って問いかけた。

『出てあげなよ、可哀想だよ。ヒドイ』って、言ってる自分がいた。


でもね、出たくなかったの。

この方、悪気はないんだろうけど

人が傷つくことを平気で言うから。

ただの愚痴も多いし。

一年前と同じ愚痴だし。。。




いいよね、私。

自分を守ってもいいよね。。。


自分を否定しない練習しよう。

1/17‥今までの過去に誇れるものとか何もない

2017年、明けて17日たった。
ブログは年明け初です。

ネカフェ生活をやめてから
丸1ヶ月がたった。


食事だけは毎食、怠らず作ってる。
結構頑張ってると思う。
当たり前の事が、当たり前に出来ないから
出来たときは嬉しい。

なんで、躁鬱になんかなったんだろう。
ふと、悲しくなる。


先日、バイトの面接にいった。

数日前に
履歴書を書いていて、


過去を振り返ってみてしまい、
こんなに長い時間生きてきたのに、なんにもないのが
無性に悲しくて、泣けてきた。


夢や目標のために努力したこと、1度もない。
いつも最初から諦めるか、すぐ諦めてしまったから。


上手く出来ない自分を、責めて責めて責めまくる。
上手くいっている(ように見える)他人を、
羨んでは、比べて自分を蔑んでる。


いつまでも、こんなんじゃ嫌だな。

どうしたら、底辺から抜けられるんだろう。

12/23①相談する人を間違えた

f:id:yamadasasami:20161223210557j:plain


妊娠したことを
一番最初に話したのが15年来の友達だった。

彼女は、一人子供を産んでいたし
中絶の経験も、流産の経験もあった。


しかし、
話して帰ってきた言葉は
『産んだら、その子がかわいそう』だった。

ショックだった。悲しかった。

信頼していたのに……。


その時に、思ったんだ。
満たされてない人に、話するべきじゃない。

満たされている人は
困難な状況の乗り越えかたを知っている。

満たされてない人は、
状況に対して、不平不満しかないし
その状況をただ何もしないで恨んでるだけ。

(ここで言ってる‥満たされてる‥は精神的に満たされてるっていう意味です)


話す人を完全に間違ったし
そういう人から放たれる言葉は
マイナスの怨念みたいのがある気がして
そっち側に心が引っ張られるし‥‥

これからは
話す人を間違えないようにしよう。

12/22①過去を手放すために過去を振り返ってみる……その1

過去にこだわり続けてきた

それは、小学校のときからかもしれない

何かにいつも後悔してた

『あのとき、こうしていればよかったのに……』と。



過去のことや、今あるものを
なにかしら恨んでいたようにも思う。

『なんで、こんな事になってるのだろう』
『だれが、こんな風にしたんだ』とか……


人間が大嫌いだと、
泣いてたのは14歳のときだったかもしれない。

そんなこと考えてたのが
鬱の始まりだったのかなぁ?

特に何があったわけでもなく、
なんとなく
人間が大嫌いで、汚くて、気持ち悪くて
私を産んだ母親を恨んで

生きていることも
生命が存在してることも恨んでいた。


私にとって
安心できる場所なんてどこにもなくて
死にたいって、思っていた。


自傷行為を始めたのはこの頃だったな。


自傷行為を始めて21年ですか……長っ……
何やってんだろ……。


いつも現実感がなくて

ふと現実感を取り戻すと

なんで、35歳なんだろうか?とか思う。
鏡を見れば、ババアになってる。
すごく違和感を感じる。

自傷行為をしたり、
人生を悲観してばかりじゃなくて

目標もって前に進んでいたのは13歳くらい。

現実感が戻ると、
その頃の私が出て来て、
今まで何やってたんだろうかと思う。

20年近く、悪夢の中でフワフワしていた感じ。


過去を手放して、前に進みたい。

前に進むのは、怖いけれど
大切なものが出来たから……

12/20①中絶という選択……その1

http://inotimamoru.web.fc2.com/

↑↑命を守る親の会↑↑

というのをはじめて知りました


『中絶』

これは、私が妊娠検査薬の陽性反応を見て
2番目によぎったワード

『どうしよう、中絶しかない』
『中絶するお金、どうしよう』

3番目、4番目もこれしか出てこない。


1番目に思ったことは、後で書くつもりですが

とにかく!!!!

『中絶』

それしか、思わなかった。
悲しいけれど、思わなかった。

3年前、
『中絶させて、サイテー』とか友達に言い放ったが……
自分が、まさか本気で中絶を考えるなど
思いもしなかった


それが、なぜ
喜んで産もうと思ったのか……


数日の間悩んだだけなのに
3ヶ月毎日悩んだような感覚だけれど

悩んだ末に『産む』と決めた。


『自分の心、今までの生き方と向き合って
ごまかさずに十月十日を過ごしたら、必ず幸せの道が開けます。どうか誤魔化さずに向き合って下さい』
と、ある人に言われて
本当に、道は開けてきました
(まだ、困難の途中だけれども……)

ただ
妊娠後のブログ見ると、ただノーテンキな
何も考えてない人っぽいので

中絶から
産むことにした経緯を少しずつ書こうと思います


体に悪いので、今日はこれで寝ますっ(。-_-。)ノ☆・゚:*:


(人は信念や想いさえあれば、無敵に動ける!とか
本気で信じてたけど……

『人間、生き物だからね、無敵じゃないよ』と
お腹のピコちゃんが教えてくれたので
なるべく、規則正しくしようと決めました)